沿革
1938年(昭和13年)、北海道大雪山麓に2.4億立方米の大貯水池雨竜第一ダム建設事業が着手されました。高さ45.5mの重力式コンクリートダムでありましたが、基礎の角礫集塊岩の処理には、当時の技術として並々ならぬ苦心が払われました。日特の技術は先ず、ここに端を発したのであります。
当社は、1947年(昭和22年)に創立し、電源開発に伴うダム発電所・建設の全盛期を迎え、ダム基礎工事を創業工種として技術の先鞭をつけ、特に土木技術者と地質技術者が一体となり、総合力を発揮する当社の技術は関係方面から高く評価され、関電黒四ダムをはじめ国内大ダム基礎工事の大半を施工しております。
更に、技術革新時代に対応した総合基礎会社を目指し、新幹線、高速道路、建築基礎等に積極的に取り組み、多くの実績を上げてきました。
1972年(昭和47年)、社名変更(現社名)を契機に業容の拡大をはかり、ダム本体、河川、道路、上下水道、土地造成等一般土木工事のほか建築工事など、広範囲な分野にわたり実績を積み重ねております。
1983年(昭和58年)、東京証券取引所第二部に上場し、1985年(昭和60年)、東京証券取引所第一部上場会社となりました。
2022年(令和4年)4月には東京証券取引所プライム市場へ上場となりました。今後も、基礎技術に特色を持つ総合建設会社として、広く社会に貢献致す所存です。
年月 | 事項 |
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1953年(昭和28年)年4月 | 地質調査、基礎工事を主たる目的として北海道札幌市に八千代地下工業株式会社を設立 |
1957年(昭和32年)1月 | 本店を東京都港区に移転 |
1959年(昭和34年)12月 | 商号を日本特殊土木工業株式会社に変更 |
1961年(昭和36年)12月 | 本店を東京都千代田区に移転 |
1962年(昭和37年)年12月 | 株式額面金額変更のため、日本特殊土木工業株式会社(昭和22年12月設立の株式会社光商会の商号及び営業目的を変更)に吸収合併 |
1963年(昭和38年)2月 | 株式会社日本パブリック設立 |
1965年(昭和40年)3月 | 本店を東京都中央区銀座に移転 |
1972年(昭和47年)5月 | 商号を日特建設株式会社に変更 |
1972年(昭和47年)10月 | 建設大臣許可(特-47)第211号を受ける |
1979年(昭和54年)12月 | 緑興産株式会社設立(現・連結子会社) |
1983年(昭和58年)10月 | 宅地建物取引業の許可、建設大臣免許(1)3193号取得 |
1983年(昭和58年)12月 | 東京証券取引所市場第二部へ上場 |
1985年(昭和60年)4月 | 日特不動産株式会社を設立 |
1985年(昭和60年)6月 | 本店共同ビル(銀座昭和通りビル)完成 |
1985年(昭和60年)9月 | 東京証券取引所市場第一部へ上場 |
1985年(昭和60年)10月 | 株式会社ハイテクリースを設立(連結子会社) |
1986年(昭和61年)3月 | 筑波研究所完成 |
1990年(平成2年)5月 | ドーム建設工業株式会社を 設立(非連結子会社) |
1990年(平成2年)6月 | 明石町分室ビル完成 |
2001年(平成13年)3月 | 日特不動産株式会社(連結子会社)を清算 |
2003年(平成15年)3月 | 全社統合ISO9001審査登録 |
2003年(平成15年)11月 | 株式会社日本パブリック(連結子会社)を清算 |
2004年(平成16年)10月 | 島根アースエンジニアリング株式会社を設立(現・連結子会社) |
2008年(平成20年)3月 | 筑波研究所を閉鎖 |
2009年(平成21年)3月 | 株式会社ハイテクリース(連結子会社)を清算 |
2010年(平成22年)9月 | ドーム建設工業株式会社(非連結子会社)を清算 |
2013年(平成25年)12月 | 山口アースエンジニアリング株式会社を設立(現・連結子会社) |
2015年(平成27年)12月 | 本店を東京都中央区東日本橋に移転 |
2016年(平成28年)3月 | PT NITTOC CONSTRUCTION INDONESIAを設立(現・連結子会社) |
2019年(平成31年)1月 | 愛媛アースエンジニアリング株式会社を設立(現・連結子会社) |
2021年(令和3年)10月 | 福井アースエンジニアリング株式会社を設立(現・連結子会社) |
2022年(令和4年)4月 | 東京証券取引所プライム市場へ上場 |